若草写真館へ 羅平の菜の花・石林の旅行記へ  中国・元陽の棚田スライドショー 菜の花の羅平と石林スライドショー 

2011:03:03記載
2011年(平成23年)2月19日から2月26日までの8日間、中国・雲南省の元陽、羅平、石林のツアーに参加しました。雲南省は前回の麗江・シャングリラ・梅里雪山に続き、2度目の訪問です。
今回の旅は、、世界的に有名な元陽の棚田と、見渡す限りの羅平の菜の花畑を撮影するのが目的で、棚田の水が張った時期と菜の葉の開花時期に合わせて、今回初めて西遊旅行さんのツアーに参加しました。ツアーは、福岡から5名、大阪5名、東京5名の計15名の参加でしたが、ベテランの添乗員さんと全日程好天気に恵まれすばらしい旅行となりました。元陽では最初の日の早朝、多依樹の棚田展望台から朝日が昇る中、水の張った棚田と雲海が輝き、別世界のような幻想的な風景で夢中でシャッターを押し続けました。単なる棚田の風景だけでなく、朝日に輝く水田、夕暮れ時に紅色に染まる風景、雲海と棚田のコントラスト、ハニ族が400年以上かけて作った壮大な棚田の景観に感激しました。又、心配でした羅平の菜の花も天候に恵まれ、金鶏山からのカルスト地形の山々と菜の花畑は絶景でした。

今回は菜の花と棚田だけではなく雲南省に多く住んでいる少数民族の村を訪ねてその生活に触れ、懐かしい田舎生活が甦りました。 市場の風景や民族村の民家訪問などで女性や子供、村の風景等色んなカメラ撮影ができて大変満足した旅行でした。(福永攻治)
1 2月19日
(土)
関空 16:50発

昆明 24:25着
関空より上海経由で雲南省の省都・昆明へ。着後、ホテルへ。
上海での乗り継ぎは東方航空の案内で入国審査、再搭乗はスムーズでした。
昆明泊
2 2月20日
(日)
昆明 8:45H発
通海(モンゴル族の村)
建水
元陽 17:30着
専用バスにて、「大地の彫刻」とも呼ばれる見事な棚田が広がる元陽へ。途中、通海にて、元代にモンゴル軍の兵士として遠征してきたモンゴル族の末裔が暮らす村を散策。建水の古城 天安門をバスの中から見学。
元陽泊
3 2月21日
(月)
(多依樹の展望台)
(バ達の展望台)
箐口民族村展望台
(全福庄村)
(猛品の展望台)
ホテルAM5:30出発、多依樹の展望台で朝日の棚田撮影。近くのバ達の棚田により、ハニ族の村・全福村を散策。昼食後、新街鎮の市場を散策。夕方、箐口(チンコウ)民族村展望台からの棚田1を撮影後、何千段もの棚田が創り出す曲線が美しい猛品の展望台に向かい、、棚田が夕日に染まる美しい景観を撮影。
元陽泊
4 2月22日
(火)
(新街鎮の定期市)
(チン口村)
(全福村の展望台)
(バ達の展望台)
午前中、ハニ族、イ族、旱タイ族の集まる新街鎮の定期市を散策。。午後、藁葺き屋根の住居が立ち並ぶハニ族の村・チン口村を訪問。全福庄村の棚田を撮影後、夕日の名所・バ達の展望台にて、夕日に染まる広大な棚田の景観を撮影。
元陽泊
5 2月23日
(水)
元陽 8:30H発
開遠
羅平 17:30H着 
元陽のホテルAM8:30発、専用バスにて菜の花畑の広がる羅平へ。途中、開遠の町で昼食後、、美しい菜の花の羅平へ。
羅平泊
6 2月24日
(木)
羅平 9:00H発
(九龍瀑布)
(プイ族の村)
(金鶏山)
(牛街)
終日、羅平郊外の観光
山上から眺める壮大な滝・九龍瀑布、昼食をプイ族の民家風のお店で、その後プイ族の村を散策。菜の花とカルスト地形が織り成す景観が広がる金鶏山、菜の花畑が地形に沿って等高線を描く牛街のタニシ菜の花畑を等の雲南の自然をお楽しみただきます。羅平泊
7 2月25日
(金)
羅平 8:00H発
(石林)
昆明  17:30H着
羅平郊外の菜の花名所でカメラ撮影後、石林へ
世界遺産にも指定されている景勝地・石林風景区を見学。その後、昆明へ。
昆明泊
8 2月26日
(土)
昆明 5:45H発
上海経由/関空
関空 15:40着
昆明から空路、上海経由で、東京・大阪・福岡それぞれ帰国の途につきます。着後、解散。
関空から福岡空港へ。
1日目(2月19日) 関西空港から上海経由昆明へ                 (昆明泊 金龍飯店
関空より上海間のフライト時間は時差ー1時間があるので、行きは約1時間半+1時間=約2時間半、帰り 約3時間-1時間=約2時間となります。上海から昆明間は3時間半のフライトで行きは深夜の12:15分到着でした。関空から上海経由の昆明行は、預けたトランクは直接昆明で受け取りとなり、上海での乗り継ぎは到着すると昆明行きの看板を持った中国東方航空の係員がバスを降りた所で出迎え、案内してくれましたので広い上海空港で迷子にならずスムーズな再搭乗でした。上海空港で東京・福岡からの参加者と添乗員の大島さんと合流して昆明へ向かいました。
昆明
雲南省の省都は昆明で昆明は雲南省の中部、海抜は1900mの高原に位置していて、人口は500万人、車200万台、最近は電気バイクが流行しているそうです。
昆明は夏でも平均気温は20℃と涼しく、冬は9℃以上と暖かく、温暖な気候で、年中花と緑が絶えない街として知られています。そのため、『春城(しゅんじょう:チュンチェン)』とか『花の都』とも呼ばれているそうです。
昆明は、中国の有名な歴史文化都市であり、全国十大重点観光都市のひとつです。山河が美しく、また古跡と風景名勝を残し、観光資源は豊富です。(現地ガイド 李さんの紹介)
 2日目(2月20日) 昆明~通海・モンゴル村~元陽へ               
                                                                                                             (元陽泊 雲梯大酒店
YUNTI HOTEL)

        いよいよ 1,230km  バスの旅の始まりです。


今日から、元陽・羅平・石林を廻る7日間のバス旅行が始まりました。最終日に確認したバスの走行距離は1,230kmでした。
昆明のホテル金龍飯店を9時に出発、途中、通海にあるモンゴルの末裔が暮らす村を訪問し、建水ではバスの中から、建水朝陽楼を見学し、一路元陽へ。夕方5時には元陽の新街鎮(旧市街)のホテル雲梯大酒店に到着しました。
通海・小回村(この村には元の時代のモンゴル軍の子孫が暮らしていました)
通海は昆明から3時間ほどの距離でモンゴル人がやって来たのは今から700年前で、1252年、チンギス・ハーンの孫とフビライ・ハーンは10万人の蒙古兵を率いて雲南に進撃、当時の南宋を滅ぼしました。その後の元朝は交通の要衝であり、軍事上の要地である現在の通海に軍事行政機関を設置して128年間繁栄をしました。しかし、1368年に成立した明朝は漢民族主義が強く、それまで自分たちを支配してきた異民族王朝の末裔であるモンゴル人の子孫に厳しい差別と弾圧を加えるようになり、この明朝の成立によって雲南に駐屯していた数万人の蒙古兵は北へ帰ることが出来なくなり、この土地に居つく結果となったそうです
村の女性
村の通りにある民家を見学    村の畑を散策   
モンゴル族のお医者・柳先生の自宅を訪問
建水
途中の建水にある朝陽門をバスの中から観光しました。この門は高さが24mあり、600年前の明の時代に建てられ、北京の天安門と同じ造りなので小天安門と呼ばれ、天安門よりも28年早く建てられているそうです。
元陽の手前14kmにあるガソリンスタンドでトイレ休憩をし、その前の露店で添乗員の大島さんから購入したパパイア、バナナの差し入れがありました。露店の果物を見ると南国を感じました。
攀枝花(ハンシカ)
元陽近くでよく見かけたこの赤い花は、火炎樹?。
現地ガイドの李さんが調べてくれて、攀枝花(木綿花とも云う)と判りました。
実の外皮についた綿毛はクッション材料に使われたり、花の雄しべは漢方薬に使用されているそうです。

                  
夕方5時には元陽の旧市街・新街鎮(しんがいちん)のホテル雲梯大酒店に到着しました。
 3日目(2月21日) 元陽 (棚田撮影・ハニ族イ族の定期市・チンロ村)       
                                                                                                                           (元陽泊 雲梯大酒店
雲梯大酒店
新街鎮の街では、唯一の3つ星ホテルなので部屋はきれいだし、街の中心にあるので便利でしたが、トラブル発生。お湯が出ないので風呂に入れない3連泊でしたが、お昼にホテルに休憩に戻った時に少しのお湯でシャワーを浴びる日が続きました。部屋の暖房はエアコン以外に電気敷き毛布が備わっていたので暖かい夜を過ごせました。又このホテルの屋上からは新街鎮が360度見渡せて、2日目の朝7時過ぎには見事な雲海と朝日を撮影しました。
元陽
元陽は、人口は約35万人。主にハニ族、イ族が多く住み、唐の時代から続く棚田は「世界一」と称され、県内の棚田の総面積は12万ha(日本の総面積は22ha)田の間を流れる用水路は4653本にもなり、ある場所は五千段を越えるところもあるそうです。他の地域と違って、普段から民族衣装を着ている人が多く、中国で最も一番民族衣装の着用率が高いそうです。
他の地域と同様、少数民族は標高によって棲み分けがなされていて、海抜100メートルから2000メートルの間に、低い順にタイ族、チワン族、イ族、ハニ族、ミャオ族、ヤオ族と住んでいるそうです。間もなく世界遺産に登録されるようです。県の中心は新街鎮より
1時間下った南沙、また標高1500前後あるので、雨期は多少寒いそうです。
世界遺産申請中の元陽棚田
中国語では「棚田」とはいわず「梯田」といいます。
世界の奇跡といわれておる元陽の棚田は中国国内海外のカメラマンたちの人気の観光地です。これらの棚田は、ハニ族が400年かけて作り上げた雲の梯子
(はしご)で美称(びしよう)とも呼ばれています。傾斜10°~70°の斜面に、大小様々な形状の異なる棚田が谷間から海抜2000mまで登りつめ、段数は約5000段もあり、山の頂上から麓までびっしりと占める水の張った水田は規模といい、幻想的な景観でした。
現在、道路整備や展望所の増設等を行っており、今後ますます観光化されて、世界遺産登録と合わせて、カメラマンの人気になると思いました。
元陽周辺の棚田の3つのエリア
1. 壩達観光エリア:箐口、全福庄、麻栗寨など区域
2. 猛品(老虎嘴)観光エリア:、阿猛控、保山寨など区域
3. 多依树観光エリア:多依树、愛春、大瓦遮など区域
そのなかの最大級の「猛品棚田」は1133haあり、段数が5000段になります。日本と比較すると、「日本棚田百選」に認定された棚田の平均は約12ha、最大でも岡山県久米南町北庄の88haだから、その規模の大きさが判ります。
多依樹(タイジュ)の棚田
今日はまず、日の出と雲海で有名な多依樹棚田(ドーイーシュー)風景区へ。ホテルを午前5時30分に出発、霧が気になり、棚田撮影ができないのではと心配しながら、ホテルの新街鎮から25km、40分で到着。多分大勢のカメラマンが三脚を立てて場所がないと思っていましたが、さすが中国、観光になると思えばやることは早い、昨年立派な大きな展望所やレストラン、トイレ、お土産屋等を新設していました。撮影場所は充分確保できるスペースがありました。
展望台から見渡すと、月の光に輝いた水田と雲海で幻想的な風景が広がっていました。しばらくすると東の山の上から朝日が登り始め、カメラのシャッタの音が響き渡り、歓声が上がっていました。

雲海と水を張った棚田は幻想的で神秘的な風景で感動しました。
 
夜明け近くの棚田(空の赤と雲海そして光輝く水田はほんとに絵になります)
元陽・多依樹の棚田 撮影2011年2月21日AM7:00
デジタルカメラの動画です。中央をクリックするとスタートします。
バ達の棚田 (バーダ / 霸達)
「バ達の棚田展望台」は、新街から約16kmのところに位置し、道路からは手前の展望台へは100mm位で、さらに60m先に新しい立派な展望所(トイレ、レストラン、お土産屋)がありました。雲海と太陽の光に反射した水田が非常にきれいでした。日没時には展望台真向かいの山に落ちていく太陽を、棚田とともに入れて撮影することができました。明日再度ここで夕日の撮影をします。
バ達の棚田は幅3㎞、長さ5㎞、高低差300mだそうです。西日が反射して水田が輝いていました。
山の頂上まで続く棚田
雲海と棚田
元陽・バ達の棚田 撮影2011年2月21日AM10:28
デジタルカメラの動画です。中央をクリックするとスタートします。
ハニ族の村・全福村を訪問
多依樹・バ達の棚田を撮影してから、ハニ族の全福村を訪れました。今日は天気もよく、暖かい日で絶好のハイキング日よりでした。村の中を歩くとピンク色の桃の花や黄色い菜の花が咲いてのどかで美しい田園風景が続いていました。家の近くでは鶏や豚が飼育され、水牛で水田を耕し、その水田で魚を獲っているこども等、長閑な落ち着いた田舎風景でした。又、少数民族の女性が実によく働いていて感心しました。
村からの棚田風景も絵になります。
村の民家を訪問して屋上に上がらせてもらい、村の田園風景を楽しみました。
雲南省・チベット族の「一婦多夫」について
現地ガイドの李さんより、一婦多夫の話と通い婚の話を聞き、本当はどういう生活なのか興味があり、帰って調べた記事が下記の内容です。

雲南省のシャングリラ県から、車で15時間走ると、雪山を2つ越えた所に山々に囲まれた奥深い土地に徳欽県開谷村がありました。主婦のアパウさん(48)は、3人の夫に朝食を用意するため、午前6時前から厨房に入って忙しく働いていた。7時までにトラクター運転手をしている最年長の夫(51)を村の寄合に、2番目の夫(50)を高原に生息する動物ヤクの放牧に、3番目の夫(43)を工事現場にそれぞれ送り出さなければならなかったからだ。
アパウさんの毎日は、「3人兄弟」でもある夫たちの朝食作りから始まっている。 「3人の夫を同じように愛している」というアパウさんは一妻多夫の家族構成について、「先祖代々、同じ暮らし方だから、何の違和感もない」と語り、「夫が3人もいると、毎日いろんなことが起きて、話題が尽きない。夫婦げんかする暇もない」と笑顔みせる。2男2女計4人の子供をもうけ、戸籍上は全員、最年長の夫の子にした。「長男は彼の子であるのは間違いないが、下の3人はどの夫の子か分からない」と明かし少し顔を赤らめた。


この村は9戸から成り、一妻多夫世帯は5戸で、周辺数十カ村と同様、約半分の割合だそうです。
又、兄弟たちを夫にするケースがほとんどだが、友人同士、叔父と甥で一人の妻を迎える例もあるそうです。
この風習は、チベット族が住む3000メートル超という高山の厳しい自然環境と深い関係があるとされる。耕作、放牧可能地に限りがあり、農耕と牧畜を兼業せざるを得ないことから、多くの男性労働力が必要になった。
また、相続による財産分与で土地が細分割されて、兄弟全員が生活を維持できなくなる事態を避けるため、分家せずに妻を共有するようになったともいわれているそうです。

箐口民族村展望台

昼食で寄ったレストランがあるハニ族民族村の入口付近の棚田風景。

新街鎮の市場散策

イ族の女性は青いズボンをはき腰に四角い2枚の布をぶら下げています。

宿泊ホテルの雲梯大酒店で2組の結婚式に出あい、撮影させてもらいましたが、新婦はなかなかの美人でした。
少数民族では祝い事などの結婚式では気軽にカメラ撮影を受け入れます。中には座って食事を一緒にと言われます。
全福村の棚田
猛品(モンピン)の棚田の夕日撮影の前に近くの全福村の展望所により、撮影しました。西日が当たった水田の色が変わり、絵になる景観でした。
元陽・全福村の棚田 撮影2011年2月21日AM11:06
デジタルカメラの動画です。中央をクリックするとスタートします。
猛品(モーヒン)の棚田(老虎嘴又は虎の口)
猛品風景区は別名「老虎嘴」とも「虎の口」といわれ、ハニ族が400年以上の歳月を掛けて作り上げた棚田です。夕日に映える棚田の撮影ポイントとして、又、この棚田は1133㌶あって元陽でも最大級で山頂にかけて連なる段々畑は5000段にも達し、その規模は壮大な景観でした。
当日、夕日が落ちると棚田の表情が様々な色合いに変化していましたが、残念ながら期待したほど棚田全体が赤く染まるという夕景は見られませんでした。

この展望所の入り口近くでハニ族の女性たちが踊りで出迎えてくれました。また、ここでは絵葉書やお土産を売りに来る子供が多く、しかたなく絵葉書を10元で購入。
新設の展望所は入口近くと、100m位、坂道・階段を降りたところにも新設していましたが、写真のように上の方がカメラ撮影はしやすいようでした。
元陽の棚田は海抜1000m~2000mの急斜面(25度)に作られ、それらはお互いに繋がって一つの海を形作っています。その巨大な棚田の海は天上へと続き、その色合いが銀白色・黄金色・赤色へと七色にも変化して行くといわれています。
朝日が多依樹tuo yi shu、夕日は品 meng pingが人気の展望台でした。
元陽・モー品の棚田 撮影2011年2月21日PM7:06
デジタルカメラの動画です。中央をクリックするとスタートします。
3日目(2月22日) 元陽 (棚田撮影・ハニ族イ族の定期市・チンロ村)   
                                                                                                               (元陽泊 雲梯大酒店
新街鎮の定期市
元陽・新街鎮で鼠・龍・猿の日に開催、つまり3日おきに開かれるマーケットで梯田広場のわきの階段を下った広場から始まり道なりに800mほど続く元陽周辺の最大のマーケットだそうです。周辺の村々から集まった人で、非常に活気があり、民族衣装を着た女性がたくさんいました。ハニ族をはじめイ族、バナナ売りのタイ族が集っていました。孫への贈り物や途中のスーパーで買ったお土産を抱え、ホテルで夕刻まで休憩です。
今日はこの宿泊ホテルで葬式です。 ホテルの屋上からの新街鎮全景です。
箐口哈尼族民俗村せいこうハニ族民俗村)を訪問
バ達の夕日鑑賞の前にハニ族民族村を訪問しました。この村は政府の援助でハニ族が生活している村をそのまま観光化し、民族村として開放していました。村にはハニ族の衣装や農機具、歴史資料などを展示した資料館や、ハニ族の伝統的な茅葺きの家、お土産屋がありました。当日は村のガイドさんの案内で村を一周し、のどかな田園風景を万傑しました。最後はガイドさんの家に案内され、屋上から村全体と棚田の風景を楽しみました。。
村の広場 村から眺めた棚田群
村のガイドの自宅屋上からの眺め ツアー参加者の集合写真
この写真はクリックすると拡大します。

子供の写真撮影は、いきなりカメラを向けると警戒するので、まず日本から持ってきたお菓子を握らせると笑顔でポーズを取ってくれます。しかし、中にはお金を要求するこどもや親がいますが、気にしないように1元か2元払うようにしています。これもかれらの生きていくための生活と思って対応しました。

この左の男の子を撮影しょうとすると親からモデル料と言われ、1元を渡すと喜んでモデルになってくれました。
全福村の展望台
バ達の棚田近くの全福村の展望台での撮影です。太陽の光が棚田の水に反射し、水田の光のコントラストに感動しました。
バ達の棚田 (バーダ / 霸達)
新街鎮から16㌔、全福庄村と勝村の中間地点にあるバ達(埧達風景区)には立派な展望所(1年前)ができていました。断崖絶壁にあるこの展望所は段々畑が山の斜面を埋め尽くしているところで夕景の撮影ポイントでした。張り巡らされた蜘蛛の巣のような水を張った水田が、赤や紫に輝き幻想的な世界でした。
この棚田は666㌶の広さでそのスケールは壮観です。山の斜面に空高く作られた棚田を、地元の人は梯田と呼びます。梯子がかけられたように、頂上に至る棚田は、見事な景観です。
当日は、集合時間の7:20分ギリギリまで粘って撮影しましたが、残念ながら夕日で真っ赤に染まる棚田にはなりませんでした。
夕日で少しだけ、赤みがかかっている棚田
棚田の撮影について
(カメラ)  ニコン D7000
(レンズ)  AF-S DX NIKKOR 18-200mm f/3.5-5.6G ED VR II  AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VR IIの2本
(その他)   三脚とケーブルレリーズ  、 メモリー  16GB×2  8GB×2
(撮影のポイント)  暗闇撮影もあるのでブレ対策と棚田撮影は露出をアンダー気味に撮影(-1.7~ー0.7)

             200mm等の望遠レンズで切り取り撮影。
             撮影画像はJPEGとRAW画像同時に保存するのでメモリーは余裕を。

棚田撮影は、三脚とミラーレスとリモコンの組合せでブレ対策をし、こまめに絞りを調整して撮影をしました。ただ、レンズ交換でカメラにゴミが流入したので、飛行機の機内満ち込み重量が許せばレンズ交換しないように2台のカメラ持参の方がいいようです。
   羅平の菜の花・石林の旅行記へ